|緊急事態は突然、発生するもの
ラブホ特集のリサーチのため、
地下鉄とJRを乗り換えて、
一路、新宿へと向かう。
前回参照
『星屑のなかを雑念ワゴンで、ひとりっきり~備えあれば憂いなし~』
JR新宿駅で降り、
スタジオアルタを右目に見ながら、
歌舞伎町へと足を向ける。
|前後復興が生み出した東洋一の歓楽街
この街の誕生は、
第二次世界大戦の復興にまでさかのぼる。
1948年に歌舞伎町という区画として生まれた。
1951年には戦災復興土地区割整理地区として
指定される。
風俗業関係の規制地域外となったことで
一気に繁華街へと変貌して行く。
歌舞伎町という街は今も昔も雑然とした街だ。
様相が変わったのは、
この街を構成する人の中心が
日本人からアジア人、
特に中国人に取って代わったことだ。
今から20年前の歌舞伎町から新大久保近辺は、
今よりもっと雑多な街だった。
当時はゴジラもいなかったし、
今みたいな華やかな、
若い女性たちが楽しげに闊歩する、
コリアンタウンもなかった。
|雑多な人種のるつぼには想いが交錯する
JR新宿駅で降りて、
コマ劇場へと向かう。
午前中だと言うのに、
まだ飲み屋帰りの若者たち、
そしてホストとキャバクラ嬢らしき
カップルが盛り上がっている。
私は右手にビデオカメラ握りしめ、
その喧噪をやり過ごして行った。
ビデオの取っ手が汗で湿ってくるのがわかった。
|ラブホ街に潜入すると空気が変わる
大久保病院を過ぎたあたりから
一気に人並みが減っていく。
そして大きなラブホテルが立ち並ぶ。
バッティングセンターを中心とした
半径500mあたりが特に集中している。
私は、
パキーン
パキーン
という金属バットが
白球を打ち返す音を
遠くに聞きながら、
呼吸を整えた。
高校球児として生きた数年前。
青く汗にまみれたあのころと、
ラブホという、
ピンクに染まった建物との、
その奇妙なコントラストに、
20代そこそこの、
微妙な立ち位置を、
感じざるをえなかった。
そして私は、
ノールックで赤いボタンを押した。
ホテルの看板、
外観全体が映るように
レンズを斜め上に向けながら、
歩いた。
|何を撮るかはわかっていたが、しかし……
もう撮ることに必死だった。
しかし、
記者魂というのだろうか、
今後、ホテルを取材したとき、
どんなことを強み、
ウリとして紹介すべきなのか。
自然と考えていた。
そこでふと気づく。
みんなどんな基準で
ラブホを選ぶのだろうか。
清潔さ?
豪華さ?
値段?
そもそも、
俺は何をポイントとして選ぶのかなぁ……
そんなことをボーッと考えていた。
グググッ!!
ん??
何かに腕が引っ張られた。
なんだ?
何も想像できない。
ん?
誰?
知らない男性が俺の腕を引っ張っている。
誰?
|リサーチ現場は、一気に修羅場へと変貌する
「おい、兄ちゃん、何やってるんだ?」
あっ!!!!
これ、ヤバいやつ!!
気づいたときには遅かった。
懐からワルサーPPK(名刺ボックス)を
取り出す隙もなかった。
いや、
想定では逃げてから落とすんだから、
もう遅いだろ。
え、あ、ええ、ああああ
頭の中が真っ白になるというが、
あれは嘘だ。
本当に焦ったときは、
頭の中が透明になる。
頭の中には
目の前の景色しかなくなる。
思考停止。
|思考停止すると何もできなくなる、当然
思考は停止しても、
身体は肉体として反応している不思議。
身体中がこわばる、
背中を汗が垂れていく、
足の筋肉が立っていることに限界を訴える。
「なにやってるんだ?って聞いてるんだけどさ」
は、、はい、、、え、えええええと、、、
何も返答ができない。
これは想定外だ。
いや、
よく考えれば、
想定しておくべき事態だったはずだ。
もっともありうる事態じゃないか。
声をかけられて即座に逃げたらおかしいだろ。
逃げ切れる距離じゃないだろ。
名刺を取り出すなんて、
そんな余裕ないだろ。
しかし、そんなことを考えている場合じゃない。
「兄ちゃん、そのビデオカメラ……」
ひぃい!
ビクッとなる。
手からビデオカメラが落ちそうになる。
「ちょっと来て」
え??
ど、どこへ??
|絶体絶命の事態に俺はどうするのか
俺の腕を引っ張る、
その大きな掌は、
分厚かった父のものとも違い、
温かかった母のものとも違い、
とてもゴツゴツしていて、
愛情のない力がこもっていた。
彼に引っ張られるまま、
私はホテル街を外れた、
小汚い雑居ビルへと連行された。
ボンド、絶体絶命。
笑えない。
つづく。
※ワルサーPPFはジェームズ・ボンドが愛用した銃。
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